十段最底辺が騒音をまき散らしながら一人暮らしを頑張るブログ

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昨今のいじめに関する個人的かつ客観的でない考察。

はい。というわけでタイトル通り書いてみようと思います。

やろうと思った原因はブログを更新するネタがなかったからなんですが、意外と今日までに書くことが見つかってしまい、むしろこの記事で書くことの方がないんじゃねーかwとも思ったんですが、まぁ考えた分でも書いてみようと思いカタカタ打っております。

とりあえず先に注意書き

・以下に書かれていることは私の主観的かつ実体験を踏まえた考察である。
 よって一般的ではないであろうことを先に述べておく。

・書く前にまとめていたりしないため、結論に行きつくどころかどこへ向うのかすらわからない。

・そもそもなんでこんなことをしようと思ったのかすらおぼえてn(ry


それでは書いていきましょう!!


まず前提と言うか仮定。

・人間の行う行為に「善悪」や「価値」というものはない。

某世間的海賊冒険譚漫画であった「正義が勝つんじゃねぇ、勝った方が正義なんだ」って言葉やら、「一人殺せば殺人者でも千人殺せば英雄よ!」とかありましたが、結局人間の行為そのものには、元々善悪の区別は無いわけです。

例えば、人を殺すなんて言う行為は人間として最もやっちゃいけない行為だとか言われてますが、これが戦時中で殺した相手が敵国の重要人物だったりしたら一躍英雄になれるわけです。
つまり戦争中という条件があれば、殺人が国を挙げて奨励され、国から賞賛されるに値する行為となるわけです。
人としてやっちゃいけない行為でありながら、時と場合によってはむしろ最優先で行うことを求められる行為となるわけです。

まぁ殺人なんて一番わかりやすく聞きあきた例えだとは思いますので食事という例を上げてみます。

食事とは本来、生きていくために必要な栄養を口から摂取する行為です。
しかし現在では、栄養バランスやら摂取量、食べ方のマナーだの毎日同じものを食うなだのいろいろな一般常識的制約がついてまわります。
つまり、本来の目的を満たす「必要な栄養・カロリーを満たす食事」を得るために毎日同じものを食べることはまず褒められませんし、毎日違うものを食べるために外食ばかりしていてはお金がいくらあっても足りません。
また、ある日作った食事を次の日の分まで作っておき、数日間同じメニューで食事をとることは一般的には問題の無い行為であると思います。

何が言いたいかというと、常識という物差しがあったとして、殺人に関しては「物差しの数字の意味が変わる」ことを、食事に関するところでは「物差しがあいまいである」こと。

この物差しというのは常識という呼び方をされると思うんですが、一人一人の常識は必ずしも一致しません。
「サラダに何をかけて食べるか」という嗜好に関する物差しは更に曖昧になり、個人差が大きくなります。


(以下で使用する「物差し」とは価値観や常識のことを指すと思ってください)


つまり、人によっては許せるレベルの行為や考えが、別の人からすればありえない行為として捉えられることがある。
これは、一人一人の物差しの違いによるものである。

よって、人の行為や考えに対する善悪や価値というものは、他人の物差しによって評価された結果であり、行為や考えそのものに価値は無いわけですね。

人の物差しが、完全に統一されていれば価値や善悪は絶対のものとなり、犯罪が起きたり争いがおこることも無いでしょう。
これこそが理想の世界だ!なんてほざくつもりは毛頭ありませんし、そんな世界つまらないとは思いますがね。


というわけで、ここまでで言いたいことは以下の二点です。
・人の行為に価値や善悪を付与するのはそれを受け取る他人や周りの物差しによるものである。
・このことから物差しは称賛される行為を非難の対象にも出来る非常に危険なものであるが、この物差し自体がとても曖昧なものであり、正確に物差しの長さやメモリを把握することは不可能に近い。


んまぁ、まとめると物差しはすごい大切なものってことですね。


ではではいじめに関する話に入っていきます。
ようやく本題です。むしろここまでの方が長いかもしれませんなwww

個人的に、ここ最近のいじめと昔のいじめはだいぶ内容が変わってきたと思います。

昔のいじめってのはおもに不良連中がやっていたものであり、ストレス発散やら金欲しさのアホな行為ということでまとめることができました。
いじめの発端は金銭要求であり、これを断られた加害者側が暴力に及ぶという図式が一般的だったとも思います。

変わって最近のいじめでもストレス発散や金欲しさという見方に変わりはないのですが、金欲しさよりはストレス発散の方が多くなる傾向があり、金銭要求から始まるいじめはほとんどないのではないでしょうか。
また、加害者となる人間には相変わらずアホな連中は多いですが、一部頭の良い「そんなことをするような子には見えない」タイプの子供がいる場合も少しずつ見られるようになってきました。

こういった頭のいい連中がいじめに加わるように理由として、勉強ができることに関する価値が下がってしまったためだと思われます。

昔は勉強ができればそれだけで「自分という存在を親や先生という他人に認めてもらう」ことができ、学生や生徒が勉強を頑張るという行為に価値を持つことができたわけです。
しかし最近では、大学まで行くのが当たり前であり、勉強の過程は一切気にせずテストの点数や成績という結果だけで評価されることが多くなりました。

人間は他人からの評価を求める生き物であり、当然評価は良い方がいいと考えています。
成長過程にある子どもにとって、学校における勉強とは最も競争相手の多くイメージがしやすい評価の対象であり、親にとっても運動のようなあいまいな基準よりも数字として分かりやすく結果が出るテストや成績の方が判断しやすいのです。

成績やテストの結果というものが出ましたが、学校の授業は全ての生徒に平等に行われています。
しかし、テストの点数は一人一人高い低いが出てしまうものです。
これは学生一人一人の勉強に対する姿勢や勉強を行う方法による違いであると考えられます。

しかし、同じ授業を受け、友達と同じ塾に通い、同じように試験勉強をしたとしてもテストの点数は違ってきてしまいます。
ここまで同じ条件でテストに臨んだのになぜ違いが出てしまうのか。
なぜ友達の方が良い点数で自分の方が悪い点数なのか。
まぁこの辺は学生自身が考えすぎることによってネガティブ思考に陥り、いじめというよりは引きこもりや自殺なんかの原因になるかもしれませんが・・・。

とりあえず話を戻しまして、勉強をどれだけ頑張ったとしても思うような点数が取れないことは子ども自身にとっても、親にとってもあまり良い結果ではありません。
また、小学校の中学校以降のテストの違いとして以下のような点があります。

・小学校でのテスト:「子供の思考力を延ばす」ことやテストというものに慣れさせるという点が重視されているため難易度が低く、100点近い点数が取れるようにテストが作られている
・中学校以降:「授業で行ったことの確認」といういわば授業の習熟度を点数として出させ、成績に反映するためのテストとなっている。

最近だと小学校高学年から「成績反映用のテスト」を行う体制になっているのかもしれませんが、結局小学校でのテストから中学校のテストへ移ると「勉強しなければ点が取れないようになっている」わけです。
また授業の方法も変わり、科目も増えて競争相手となる生徒の数も増え、しかし一方で部活動や遊びの枠も増えるこの時期に小学校のテストとなんら変わらない点数を取るというのはよほど勉強に力を入れなければなりません。
しかし、そうして勉強に力を入れたとしても結局成績が思うようなものでなければ「更に勉強しろ!」と怒られるわけですし、思うようなものでも小学校から100点ばかり取ってきたせいで「出来て当たり前だろう」と親が思ってしまっていれば、結局子供にとってはおもしろくない結果となってしまいます。

結局、どれだけ勉強しても良い点を取れなければ「勉強しろ!」と言われ、どうにかして良い点を取っても「次も同じ点数をとれるように頑張れ」と言われるのですから、これで子供に勉強をする気が起きるわけがありません。
また、現在の授業に対して「面白い」と思えるような生徒や学生が少ないのも勉強がつまらないと感じてしまう原因の一つでもあるでしょう。

こういったところから成績が良くない子供だけでなく、成績が良い子供でもストレスがたまってしまい、結果として家庭と学校側とが複合的に原因となる子供のストレスが生まれるわけです。


さて、ここまで言ってきたことをまとめましょう。
・小学校から中学校へ上がると、良い成績を取ることが難しく勉強により力を入れなければならない。
・勉強に対する親の観点が結果だけに向いてしまい、どれだけ勉強を頑張っても良い点数でなければ評価されない。
・結果としていじめの加害者となる枠が増え、学校という施設が生徒にとってつまらないものとなり、もはや勉強をする意欲が失せる。


というわけで、学校という場でいじめによるストレス発散を行いたくなってしまう生徒が増える原因をぱーっと上げてみました。

次は、いじめの被害者がどのように選定されているかを書いてみようと思います。
まぁこれはあまり書くことが無いのですが・・・一言でいってしまえば「誰でも良い」ですよね。

人間誰しも得意不得意はあります。
足が速い人間もいれば遅い人間もいるし、喋りが上手い人もいれば人前に上がるだけであがっちゃうような人もいるわけで。
昔であれば(自分のイメージですが)、マイナスな特徴を持っている人間のみがいじめの対象となっていました。
弱気な人間や力の弱い人間。まとめて言えば「いじめても反抗しない人間」。

しかし、現在のいじめでは逆にプラスな特徴を持っており、クラスの中で目立っている人間が逆にいじめの標的となることも珍しくはありません。

そもそも、昔は他人へのねたみやひがみというものは表に出さないものでした。
けれども現在では、昼ドラの普及か何なのかは知りませんが自分よりも優れている他人をどうにかして自分よりも下の立場にしてやりたいと思うことが普通であるように考えられているのではないかと思います。
そういったところから、クラスの人気者をどうにかしてつぶしてやろうと考えることも普通の流れなんだと思われてしまいます。

そうして、いじめの標的とされた子供は、どこまで行っても結局子供ですからいじめに対する対抗策を持ち合わせていません。
そして昔と変わらずいじめを受けた子供はひたすらいじめられていることを隠そうとし、他人には絶対に話そうとしないため、結局はいじめの加害者側が飽きるのを待つか、被害者側が二度と学校に来ないことになってしまうわけです。


以上で「いじめが起こる原因」、「いじめの標的となる原因」の二つを挙げました。
ここまで一切前提で上げた物差しの話が出てきてないわけなんですが、最後に物差しの話を絡めて最近話題のあの事件を語ってみようと思います。

最近話題となっている某県のいじめの話題ですが、何故ここまで話題になったのかを考えると「いじめの内容が酷過ぎる」ことが原因なんじゃないかと思います。
んまぁ警察が一般人の為に何もしないのはもはや定着しきってるとは思いますし、教育委員会があそこまでクソなのは衝撃でしたのでこれが原因かもしれませんがwww
学校側の対応ももはや腹が立って仕方ないのでここ数日はニュース番組見てないですけどねww

んで、なんであそこまでいじめがエスカレートしたかを考えると「いじめがあったのが中学校だったから」っていうのが一番重要なんじゃないかと。
小学校じゃ周りがそこまで無関心じゃないし、学校側の先生ももうちょっと人間味ある人がいるとは思う。
高校だとそんなことする連中とされる連中が同じ学校にいないでしょうからね。

そしてなぜあそこまで酷いいじめができたのかってのは単純に「物差しが不完全だから」だと思います。
たぶんこれ以上にわかりやすい答えは無いんじゃないでしょうか。

結局中学生の物差しってのは「実体験は無いけど知識として持っている」ことが可能であると考えてしまうようなものなんですよね。
テレビで見たからできる、本では大丈夫だって書いてあった、誰かから聞いたから・・・。
こういったことが「可能なんだって思って実行できる」のはまぁ中学生全体じゃなく一部だとは思いますが、実行できるかもなぁ・・・ぐらいなら誰もがあると思います。

結局そこでブレーキをかけられるのは自分だけですし、なにを持ってブレーキを踏む基準とするかは物差しの目盛を見て決めるわけですな。
その物差しが不完全である以上、何が正しく何が間違っているかが判断できず、自分の考え一つで実行することもブレーキ踏むこともできるわけです。

ブレーキという単語が出てきたので、今回のいじめの件を車に例えるなら「ずっとまっすぐの道を目隠しして走る」ようなもんなんでしょうね。
ずっとまっすぐならもっと加速していいだろう、加速してもぶつからないならもっと加速しよう、おぉ速くなったwwwやべぇwwwちょうはえぇwwwwww
んで徐々にハンドルが右に左に回っていつかは道を飛び出して取り返しのつかないことになるわけですな。

今回のいじめは自殺まで発展する前に止められる希少なケースだったと思います。
しかし、こうして行くところまで行ってしまった以上、しっかりと今回の事件を踏まえて国の上の方々には人間として当たり前の生活ができるよう努力してもらいたいもんです。


個人的な意見をいうと、今の日本に必要なのは大切な誰かを自分が守る、という意識じゃなくて大切な誰かに自分を守るすべを与えることだと思いますけどね。
あとは安全を過信し過ぎないこと。去年の大地震も原発の件も。
何かが起きた時にどう行動すればいいのかを最低限頭の中でシュミレートできるように知識を得ておくってのは大事なことだと思います。

というわけで、疲れたのでこの辺で終わり。

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